![]() プロフィール |
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東京・銀座、代々医家の長男として生まれる。
祖父の旧勤務先、築地・聖呂加病院にはハモンドオルガンがあり、自然とオルガンに親しむ。
渋谷区・天現寺にある小学校の帰り、銀座への都電を途中下車してよく立ち寄った日比谷・日活国際会館2階の父の診療所には、当時、日活国際ホテルが上階にあったため、欧米人の患者が多く、何かと、幼少時より、英語とは頻繁に接する機会に恵まれる。
自宅では、洋楽好きの父が、常に旧英国植民地・ビルマからの戦利品、英国製ガラード社電気式蓄音機を鳴らし、ラディオからは進駐軍放送のJazz・Popularが流れていたため、主として米国系音楽より影響を受ける。
オルガンに興味を持ち、自分の演奏楽器として、ハモンドオルガンを選ぶ。
当時、ハモンドオルガンは稀少楽器であったため教授陣もみあたらず、すべて独習にて、ソサエティ”JAZZ”ハモンドオルガン演奏法を修める。
慶應義塾在学中よりハモンドオルガン演奏家として活動を始めたため、法学部に在籍・卒業したにもかかわらず司法試験受験の結果は公表を憚る。
母方の曽祖父は、維新後、ロシア帝国ペテルスブルグ帝室音楽院に日本人として始めて留学、リムスキー・コルサコフに師事、帰国後、神田駿河台・ニコライ堂などで後進の指導に寄与した、重鎮・金須 嘉之進。
金須は旧慶應義塾塾歌の作曲者としても知られる。
旧き血脈は絶えず、現在に至る。