![]() |
|
大学在学中より、Jazz Hammond Organ 演奏家として、活動を始める。
当時も現在と同様、ハモンドオルガン常備の会場は極めて少なく、米国製ローリー・ガルブランセン・トーマスオルガン、国産ヴィクトロン・オーケストロン・ドリマトーン・エレクトーンオルガン等も演奏する。
学生バンドでは、イタリア製オルガン・ファルフィーサを使用。
学園祭の時には、当時のHammond International JapanよりB-3M-100などを拝借し、演奏。
各地での演奏会への参加、コンテストへの挑戦など活発に活動。
法学部法律科卒業後、司法試験受験の傍ら各地での演奏活動に従事(演奏活動の傍ら、司法試験を受験のほうが正確かもしれない)。
同窓生には優秀な弁護士・検事・裁判官が続々と誕生、安心して?音楽 活動に専念することとなった。
当時師事していた、フランス系社交ダンスの先生のスタジオで聴き且つ踊った、Guy
Lombardo & His Royal Canadians に新鮮な驚きを覚える。
加えて、FENから聴こえていた、Jackie Gleason & Bobby Hackett の演奏、Claude
Thornhill の演奏などに感激する。
六本木、エスクァイア・キャット他、Jazz Clubでの演奏も継続。
ソサエティジャズオルガン奏者として、各地のホテル・オークラ、商船三井客船富士丸、ハイアットホテル、フェアモントホテル他など、フォーマルな会場での演奏も増える。
ホテルにおけるディナーショウ(伊豆・川奈ホテルなど)も積極的に開催。
同様、各ホテルのプライヴェートパーティでも、ソサエティな集まりに最適なスタイルとされ、演奏活動が増える。
鎌倉駅前に、ハモンドオルガンとケーキの店 『午后のワルツ』 を開店、店内でハモンドオルガン演奏を行い17年に亘り好評を博す。
楽器は、RT-3・PR-40・Leslieを米国から持ち帰り備えつけ、併せて頻繁にプロミュージシャンも招聘、ライヴ演奏会を多数開催、多くの方に喜ばれた。
横須賀在日米国海軍第7艦隊軍楽隊のピックアップメンバー(軍楽隊の構成メンバーはプロフェッショナルJazz ミュージシャンも在籍していたので)と共にJazz Comboを結成、演奏活動をする。
その頃より、毎年、頻繁に渡米、主として西海岸Jazz ミュージシャンとの交流を深める。
同時期、演奏で使用するHammond Organ B-3・PR-40・Leslieを運ぶ為、Los Angeles にて Wagon を購入、日本に持ち帰り、リフトゲートを取り付け現在も使用中。
鎌倉『午后のワルツ』を閉店し、東京新橋4丁目(所謂、烏森地区)に、『Hammond
Organ Jazz Bar "Cyd"』を新規開店する。
フロアスペースの都合上、設置楽器は、L-100 Hammond Organ改とLeslieの組合せとなる。
Cyd での演奏に加え、『浜松市楽器博物館ハモンドオルガンコンサート』など文化事業への参加、テレヴィ『何でもお宝鑑定団』でのオルガン鑑定士としての鑑定活動、『お年を召された方の施設慰問』他、さまざまな分野で活動中。
自宅スタジオにて、3台のB-3を使い、ハモンド個人レッスンも再開。
ハモンドスズキ社のNew B-3開発に関し、自宅・60年代製・B-3の音源をデジタルサンプリングに提供。
ハモンドスズキ社の、特製New B-3を出張演奏用に購入、楽器搬入可能な会場が飛躍的に増える。
![]()
Top Page トップページ